「え? そうなんですか?」
「そうよ。何? アンタ、アタシが毎日こんなボロで暮らしてるとでも思ってたの?」
「あ、いや、それは」
ってか、ユンミさんがどんな暮らしをしているのかなんて、想像できないし。
言葉に詰まった相手の表情に、紫の唇がニヤリと笑う。
「これでも結構高級取りなのよ」
「え? どうして?」
「ヒ・ミ・ツ」
人差し指を唇に当てる。そうしてパチンと折りたたみの携帯を閉じた。
「で? どういうワケ?」
「は?」
「そろそろ話してもらいたいワケよ」
「何が?」
「ココに押し掛けてきた理由」
「あ」
思わず瞳を泳がせる。
昨日、放課と共に学校を飛び出し、ユンミに電話をした。
「あの部屋にしばらく泊めてください」
「あの部屋?」
突然の申し出にはかなり面食らったようだったが、ユンミは意外なほどあっさりと了承してくれた。
「正直、ビックリしてます」
「何が?」
「今まで何も聞かないでいてくれた事に」
「そういう事を言ってくる子、結構いるのよね」
「そういう事?」
「突然さ、泊めてくれっとかって言ってくる子よ。とにかく一晩だけでもいいから、とかってさ。家出少女とか」
「ずっと聞かないでいてくれるのかなって思ってましたけど」
「さすがにそれはないな。面倒に巻き込まれるのは御免だもの」
タバコを取り出す。
「家出少女はあんまり邪険に扱うとヤケを起こして手首切ったりする子もいるからね。でもあんまり関わってヘンな揉め事に巻き込まれるのもヤだから、一日か二日泊めて、落ち着いてきただろうって頃に事情を聞き出して、ヤバそうだったら適当な言い訳つくって追い出してる」
「追い出す?」
「アタシも自分の身は大事だからね。我が身を削って献身的にボランティアなんてするつもりはないのよ」
煙が燻る。
「アンタも同じ」
チラリと流し眼。
「もしもさ、この部屋に居座れば慎ちゃんとの距離が縮まるかもっ! なぁんてコトを考えてるんだったら間違いだから、出て行った方がいいわよ」
「そんな事は考えてません」
キッパリと否定する美鶴に、ユンミは軽く首を傾げる。
「じゃあ、何?」
「それは」
男が部屋に居座っていて帰れないから。なんて、そんなので説明になるのだろうか? それでユンミは納得する?
正直、美鶴はこれは正当な理由になると思っている。だいたい、年頃の女子の家に無断で男子が押しかけてくるなんて、非常識だ。普通では考えられない。逃げ出したくなるのは当然だ。しかも相手は瑠駆真だ。彼には今までに何度も手を出されているワケで。
手を、出されている。
頬が火照りそうになり、慌てて手で覆う。
「思い出して照れるのはやめてくれる?」
「そんなんじゃありませんっ!」
強く否定するも、ユンミは冷めた視線を向けるだけ。
「どうせ男絡みでしょ?」
「それは」
口ごもる美鶴を鼻で笑う。
「やぁねぇ。慎ちゃんを追いかけておきながら他の男とも遊んでるなんて。そんなんぢゃ慎ちゃんの事、責められないじゃない」
「だから、そんなんじゃないって」
「じゃあ何よ?」
「だから、それは」
「言えないの? やっぱり男遊びか」
「違いますっ」
「違わないでしょ?」
「違いますよ。私にはその気なんてありません」
「じゃあ、男の方にはあるワケだぁ」
ニヤニヤと頬を緩める。
「ひょっとして、男に追いかけられてってヤツ?」
「え? それは」
「あ、ひょっとして、この間の男の子?」
「この間?」
「ほら、カイルだかなんだかって子を追っかけて埠頭に行った時にくっついてきたデッカイ男が二人いたじゃない」
「あ」
「あの二人、アンタに惚れてんでしょ?」
「あっと、それは」
「誤魔化してもムダよ。あれだけ解りやすい言動されたら、誰にだってバレバレ」
確かに。
「ひょっとして、二人に迫られたとか?」
「せ、迫られたっ?」
「抱きつかれて、押し倒されて」
「ゆ、ユンミさんっ! 勝手に盛り上がらないでください」
両手を広げて居もしない目の前の誰かを抱きしめる仕草。続いてそのままバッタリとカーペットの上に突っ伏すユンミ。美鶴は拳を振り上げる。
「ユンミさんっ!」
だがユンミは止まらない。
「美鶴、好きだよぉー。あいしてるヨー。んー、チュッ!」
「ユンミさぁぁぁぁぁんっ!」
腰を浮かせて叫ぶ美鶴。薄っぺらな造りのアパートだ。隣近所にはきっと丸聞こえ。だがユンミはそんな美鶴を咎めるような事はせず、代わりにからかうように相手を見上げた。
「でも、そうでしょう?」
「ち、違いますよ」
そういう事をされたコトも、あったけど。あったけどぉ。あったけどぉぉぉぉぉぉっ!
「そんな事はされてません」
今回はね。
「じゃあ何?」
「な、何って」
「男絡みなんでしょ?」
「それは、その」
「あの二人が関係してるんでしょ?」
「それは、ま、まぁ」
「抱きつかれて、キスされたんでしょ?」
「されてません。ただぁ」
「ただ?」
ジトッと見据えるような瞳。ユンミさん、怖い。
「た、ただぁ」
うぅ、誤魔化せない雰囲気。ってか、押しかけたのはこっちなんだし、事情を説明する義務はあるとは思うし。
でも。でも。でもでもデモ。
躊躇う美鶴を、さらに鋭い視線がせっつく。
「ほら、話しちまいな」
急に姐御口調になる相手に美鶴は観念したように浮かせていた腰を下ろした。
「一人が私の部屋に押しかけてきて、一緒に住むだとかって言いだしたんですよ」
ヒューと甲高い音。
「ヒューじゃないですよ」
「熱烈ねぇ。若いわねぇ」
「そんなんじゃありませんってば」
「でも、そんな事できるの?」
「はい?」
「アンタ、確か母親と二人で暮らしてんのよね?」
「母はイケメンが大好きで」
「あら、気が合いそう」
私もそう思います。
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